マイングの一時閉館について

全面改装のため2015年8月30日から同年12月上旬まで一時閉館します。

マイングのメインな商品は、お土産にもなる和菓子とスイーツです。

在来線の改札口にも近いし、圧倒的な品ぞろえでお土産を買うのにも便利です。

お菓子の香梅  (和菓子)

創業が昭和24年の熊本県熊本市にある株式会社お菓子の香梅の和菓子のショップです。

熊本市の観光名所、水前寺公園の中にある茅葺屋根の「古今伝授之間(こきんでんじゅのま)」は、古今伝授」という日本最初の勅撰和歌集「古今和歌集」の和歌の解釈などが、身分、器量、人柄共にそろった選ばれし人へ秘密に伝授されることだそうです。

この建物でそのようなことが行われたらしいのですが、「お菓子の香梅 」は、古今伝授之間と隣接する茶屋で御抹茶とお菓子を提供しています。

主に熊本市内に「香梅庵」という販売店を3店舗、芸術作品を発表できるギャラリースペースのあるカフェ、「ドゥ・アート・スペース」を4店舗展開しています。

商品のお菓子では、全国菓子大博覧会名誉総裁賞受の「誉の陣太鼓」は、北海道産の大納言小豆をたっぷり使った小豆餡でギュウヒを包んでいるお菓子で、熊本の代表銘菓だそうです。

「武者がえし」は、パイ生地に甘さがマイルドな皮むきアンが入っています。

「肥後五十四万石」は、上割餡をギュウヒで包み、薄い生地で挟んだ香梅の創業時からの創作銘菓だそうです。

「本丸」は、薄焼きの黒胡麻入り小麦煎餅に、こしあん入りのギュウヒの組み合わせたものです。

ここのお菓子は、あんことギュウヒの組み合わせを手を変え品を変えて出すことが得意なようです。

どうしたわけか、ここのお菓子は、シルシルミシルサンデーやフジテレビ系「ライオンのごきげんよう」で紹介されています。

お菓子の香梅の和菓子

湖月堂  (栗まんじゅう)

創業が明治28年の北九州市小倉北区にある株式会社湖月堂の栗まんじゅうなど和菓子の販売店です。

創業当時の北九州市は、官営八幡製鐵所や炭鉱などにより景気もよい時代でした。

また、日清・日露の戦争にも勝っており、当時縁起が良いと言われていた勝栗を饅頭の中に入れたこともあり代表板となりました。

その時から、湖月堂は、小倉の随一の繁華街である魚町に本店を構えてきています。

小倉魚町の本店には、「喫茶去」という甘味処もあり、小倉の散策時に立ち寄るのも楽しい所です。

屋号の湖月堂の名付け親は、当時の小倉第十二師団二代目師団長だった井上光中将に命名してもらいました。

古典文学にも造詣のあった井上師団長は、江戸時代前期の古典学者北村季吟の源氏物語注釈書「湖月抄」から湖月堂の屋号を付けたものです。

看板商品の栗饅頭は、小判型をしており、中に小粒な栗が入っており、小倉銘菓でもあります。

「一つ栗」は、日本料理の渋皮煮の手法を用い、渋皮煮の栗を餡で包み、独自の製法で焼き上げている饅頭です。

「ぎおん太鼓」は、備中の赤小豆のこし餡とつぶ餡を良質なバターの生地で包み焼きしたものです。小倉の祇園太鼓にちなみ太鼓の形をしています。

湖月堂も、今流行のバームクーヘンも作っています。

湖月堂の栗饅頭などの和菓子

菓舗 唐草(長崎物語)

総業が1968年の長崎市樺島町にある株式会社唐草の和洋菓子店です。

1967年に株式会社エハラパンと言う会社の銘菓部で細長いバームクーヘンの中にクリームがタップリと入ったお菓子を開発しました。

これが長崎物語の誕生です。

この長崎物語は、ANA当時の全日空の機内サービスで供されて評判となりました。

1968年には、エハラバン社から独立して「株式会社唐草」を設立しました。

1971年に、シーボルトの奥さんの名前を冠したパイ生地の菓子「おたくさ」を発売しました。

マイングのお店を開設したのは、2005年です。

同社の主力商品は、長崎物語です。

お菓子の内容は前述しましたが、箱のパッケージは、鎖国の時代にキリシタンの迫害をされ、長崎の平戸からインドネシアのジャカルタに追放された混血児達が日本へ送った手紙である「ジャガタラ文」をデザインしています。

「おたくさ」は、ドイツ人シーボルトは、奥さんであった「お滝さん」の名前を花に付けたものです。

その花が、あじさいで長崎に似合う花として長く親しまれています。

「おたくさ」は、紫陽花の花びらを形どったパイ生地のお菓子で、職人さん達が、パイを一つ一つ手でひねって花弁の形を創りだしたものです。

「出島蘭館」は、チーズクリームとチョコチップの香り高い風味が抜群の阿蘭陀風チーズタルトです。

菓舗 唐草の長崎物語

博多柳香 (和菓子)

熊本の御菓子司ほがやと言う店が関連していると思われますが、ハッキリしません。

マイングの公式資料では、イチオシ商品がプディングバームクーヘンとのこと。

これが、ドーナツ状のバームクーヘンに焦がしキャラメルを表面に塗ったもので、マダムシンコのバウムクーヘンとそっくりです。

マダムシンコのバウムクーヘンが人気商品となっていますので、それにあやかっているのかもしれません。

プリン味のバームクーヘンとして個性を出そうとしているのは評価できると思います。

博多柳香のスイーツ

村岡屋 (羊羹・和菓子)

創業が昭和3年の佐賀市鍋島町にある株式会社村岡屋の販売ショップです。

佐賀県に26店舗、福岡県4店舗、長崎県3店舗、合計33店舗を九州内に展開しています。

同社は、小城羊羹の誕生した佐賀県小城市の村岡家から分家したもので、通称シュガーロードと言われる長崎街道近くの佐賀駅前に「村岡羊羹店」を開いたのが始まりです。

羊羹だけではなく、昭和29年には看板商品のもなか「鍋島さま」、昭和46年には銘菓「さが錦」を売り出しました。

定番商品の「さが錦」は、小豆や栗が入っている生地に山芋を練りこみ、ふわりと焼き上げたものをバウムクーヘンでサンドしています。

佐賀の殿様、鍋島家に伝わっている伝統織物である「佐賀錦」をイメージとしており、和洋折衷のお菓子を開発するのに4年もかかったと言われています。

モンドセレクション最高金賞を受賞するなど、村岡屋を代表する商品となっています。

もうあまり見かけなくなりましたが、以前は、誠直也氏がさが錦のテレビCMに出演していました。

「丸ぼうろ」は、南蛮渡来とともに佐賀に伝わったお菓子で、カステラと同じ原料で丸ぼうろとなったものです。

卵、小麦粉、砂糖、蜂蜜が原料のシンプルなお菓子です。

全国菓子大博覧会名誉大賞も受賞しました。

「鍋島さま」は、佐賀県藩主の鍋島家の家紋「杏葉」を形どっている最中です。

佐賀県産のもち米を使用し、厳選した小豆の餡が入っています。

佐賀 村岡屋のお菓子

東雲堂 (にわか煎餅)

明治39年創業の博多区吉塚にあるにわかせんぺい本舗 株式会社 東雲堂のお店です。

博多には、博多にわかという郷土芸能があります。

起原は、300年ほど前の寛永年間に遡るそうですが、藩主黒田忠之公の時代です。

博多の物知り、物好きな人達がお盆の夜に集まり、提灯の両縁を取ったものを頭からかぶって、目の部分だけを開けて歩きまわり、人に出会うと口からでまかせの話しや謎々問答を問うなどして笑わせたりしていました。

これがいつの間にか博多にわかとして定着したものです。

今では、愉快な面を着け、博多弁で会話しながら、会話の最後に面白いオチを付けるものです。話題は、日常生活や世相からとっており、ユーモアあふれる楽しい話芸です。

東雲堂では、このにわかの半面をデザインして「二○加煎餅」を発売し、それ以来同社の看板商品となっています。

煎餅以外にも、同じようなデザインの「にわかもなか」があります。

にわか関連デザインの商品以外では、「丸ぼうろ」、「二○加の四季」、ピーナッツ、ショウガ・味噌・黒ゴマの種類がある「手焼せんべい」などがあります。

また、福岡ローカルしか流れていませんが、「二○加煎餅」のテレビCMは1974年から変わらず放映されており、九州でも指折りの長寿CMとして有名です。

CM内のセリフが博多弁丸出しです。「こら、ぜんじ!また喧嘩して来たっちゃろ、はよ、断りば言うて来んしゃい、はよ」と母親がしかり、ぜんじはにわか煎餅を持たされて、友だちの家に向いますが、途中でせんべいを食べてしまい、玄関の扉を開けながら、にわかの面を着けて、「ごめ~ん」と言うものです。

なお、シルシルミシルサンデーでもにわか煎餅が紹介されたそうです。

東雲堂の二○加煎餅

石村萬盛堂 (和菓子)

早業が明治39年の博多区須崎町にある株式会社石村萬盛堂のお店です。

須崎町の本社は、博多の夏の祭り、博多山笠の追い山の廻り止めであるゴール地点に建っていることでも有名です。

明治の頃から、博多銘菓鶏卵素麺を作っていましたが、その製造過程で卵の白身が多く残ってしまうことから、発送されたのが看板商品である「鶴乃子」です。

鶴乃子を食べてみると分かりますが、これはマシュマロの技術を応用しています。

舶来のマシュマロをお菓子に取り入れたものです。

このマシュマロをバレンタインデーのお返しとして3月14日のマシュマロデーとしたのも石村萬盛堂と言われています。

「献上鶴乃子」は、皇室や宮家へ献上している鶴乃子で、少し大きめで手練りのアンコを使っています。

「仙厓さん最中」の仙厓さんは、博多で有名な仙厓という禅僧のことで、博多の聖福寺に住んでいました。禅画でも知られており東京の出光美術館には多くの仙厓産の禅画があります。

「仙厓さん最中」の形は、仙厓さんの花押をデザインしたものです。

「鶏卵素麺」は、ヨーロッパから伝わったお菓子で、鶏卵の黄身を蜜煮したもので日本三大銘菓のひとつとされています。

最近人気が出ているお菓子は、「塩豆大福」で、赤エンドウの豆を塩味にしており、アンの甘さがそれにより際立つものとなっています。

なお、ボンサンクというスイーツショップは、石村萬盛堂のブランドです。

石村萬盛堂の和菓子

明月堂 (博多通りもん)

創業が昭和4年の博多区東那珂にある株式会社明月堂のショップです。

明月堂は、福岡を中心に37店舗があります。

創業は、福岡市天神・今泉若宮町でした。

当時は、ハース巻き煎餅の製造と卸で成功していました。

その後、昭和9年に商売の街川端町に店を構えました。

明月堂の看板商品である、「傑作まんじゅう博多通りもん」は、1993年の平成5年に誕生しました。

博多通りもんとは、毎年5月3日、4日の福岡・博多のお祭りの「博多どんたく」で、どんたく衣装を着て、三味線を弾き、笛や太鼓を鳴らして面白楽しく練り歩く姿・形を博多では「通りもん」と言います。

この「博多通りもん」を冠したのが、「傑作まんじゅう博多通りもん」です。

甘さを抑えた練乳とバターを使った白あんをミルク風味の強い皮で包んだ和洋折衷のおまんじゅうです。

2001年から2012年まで連続してモンド・セレクション金賞を受賞しており、2007年には最高ランクの特別金賞を受賞しています。

また、テレビCM には、漫画「博多っ子純情」の作者である長谷川法世氏が博多っ子純情のキャラクターとともに出演しています。

博多通りもん以外の主なお菓子の一つに「博多じまん」があります。

良質の小豆を使い、白いんげん豆を加えて作るアンコのおまんじゅうです。

明月堂の博多通りもん・スイーツ

ゴンチャロフ (チョコレート)

創業が大正12年の神戸市灘区船寺通にあるゴンチャロフ製菓株式会社のショップです。

神戸には、モロゾフなどのロシアを起原とするお菓子メーカーが多いのですが、ゴンチャロフもマカール・ゴンチャロフという白系ロシア人が創業者です。

マカール・ゴンチャロフ氏は、ロマノフ王朝の宮廷菓子職人で、ウラジオストックでチョコレート菓子の作り方を勉強したと言われています。

ロシア革命で、日本へ亡命しましたが、神戸の前にはソウルでチョコレート菓子の製造販売をしていましたが、その後、神戸の北野でチョコレート菓子の製造販売を始めたものです。

その後、日本人とも共同で会社を設立しましたが、その後日本を離れてしまいました。

日本を離れた理由は、ゴンチャロフのパンフレットによると「日本に慣れなかったため」とされていますが、日独防共協定により、ソ連が仮想敵国となり白系ロシア人にもその余波が来たのではないかとも言われています。

その後のゴンチャロフ氏の消息は不明となっています。

ゴンチャロフは、日本で最初にウィスキーボンボンを作ったことで知られています。

ウィスキーボンボンとは、洋酒が入ったボンボン菓子のことで、チョコレートの殻にウィスキーを包んだもので独特の味がすることから、根強いファンも多いのですが、1970年台に流行りましたが、現在では販売量、人気ともに低迷している状態です。

ゴンチャロフの主力商品は、チョコレートですが、そのなかでも「ブーケドショコラ」に人気があります。

ブーケドショコラは、コンフィチュール、ガナッシュなど14種類もあるショコラの宝石箱だそうです。

「メッセ神戸」は、ナッツとチョコレートを芳ばしくブレンドしたものです。ナッツとチョコのブレンド、アーモンドペーストとチョコレートをブレンドしたショコラレイエ、アーモンドとヘーゼルナッツを使ったトリュフの3種類があります。

ゴンチャロフのチョコレート

フーシェ (スイーツ)

創業が1900年の名古屋市中区千代田にある株式会社松風屋のブランドの販売店です。

フーシェは、元来、ヨーロッパのグルメ通であれば、知らないことはないと言われるパリの老舗です。

1819年にパリのオペラ通りに誕生し、パリっ子に愛されているお菓子の老舗です。

焼き菓子をメインとして、ミルフィーユやチョコレートなどの伝統的なお菓子を提供しています。

松風屋は、名古屋の企業ですが、ラウンド菓子で有名です。

ラウンド菓子とは、デパートのデパ地下などでよく見ることができる、100種類以上のチョコレートやキャンデーなどを円盤型の販売台、これをラウンド什器といいますが、これにのせて来るルクルト回転させ、お客は欲しい物を取り出し、量り売りで購入するものです。

このラウンド什器やお菓子は、名古屋の菓子問屋である松風屋によるもので、大阪のデパートから全国に普及していったものです。

このあまりにも庶民的な松風屋が、どうした風の吹きまわしかパリの老舗菓子店のフーシェと技術提携し、フーシェの銘菓を製造販売しています。

商品構成は、クッキー、チョコレート、キャンディ、冷菓などです。

フーシェのスイーツ

赤い風船 (チーズケーキ)

創業年はハッキリしませんが、長崎県佐世保市日宇町にある株式会社 九十九島グループのブランドショップです。

昭和43年に、ケーキはチョコレートケーキやバタークリームケーキが常識だった頃、佐世保市の栄町で生クリームを使用しているケーキを販売し始めました。

同時に、ケーキ屋さんの屋号を決める時に、フランス映画のアルベール・ラモリス監督の「赤い風船」の感動をケーキにも込めたいということで「赤い風船」と言う屋号にしたそうです。

スタートの経緯からして、生クリームケーキが定番と思いがちですが、実はチーズケーキが人気商品です。

赤い風船といえば、チーズケーキと言われるくらいです。

赤い風船のチーズケーキは、昭和43年の開業当初から販売されていました。

その後も改良をして、昭和51年の天神地下街に赤い風船がオープンした時に、現在の形に落ち着きました。

フワフワとしたスフレにパイナップルの切れ端がのった赤い風船のチーズケーキです。

最近では、新しいチーズケーキとして「フォンダンフロマージュ」が発売されており、人気を得ています。

フォンダンフロマージュは、とろけるチーズケーキとして、赤い風船の人気第1位のチーズケーキとなっています。

特徴のトロけるクリームは、カスタードにカマンベールチーズを加えて、コクと風味を出し、クリームにと炊いたものです。そこにさらに、熊本県阿蘇小国のジャージー牛乳を入れてスムースな食感にしています。

赤い風船のチーズケーキとスイーツ

カステラ本家 福砂屋 (カステラ)

創業が寛永元年、1624年の長崎市船大工町にある福砂屋の販売店です。

創業当初の福砂屋は、砂糖や米の貿易商でしたが、その後、ポルトガルから伝来したカステラなどの南蛮菓子作りを始めました。

長崎カステラを作りはじめて、5代目までは長崎の引地町で売っていました。

6代目の時に、遊郭で有名な丸山や唐人屋敷に近い船大工町に移転しました。

明治時代に入って、商標を現在のコウモリの形をデザインしたものにしました。

コウモリは、中国ではめでたい動物とされています。

また、この頃、卵と砂糖のブレンド量を多くした「五三焼カステラ」を創案しました。

その後、宮内庁御用達となり、卵の白身だけを使用している「白菊」、卵の黄身だけを使う「黄菊」を創りだしました。

福砂屋のカステラは、創業以来一貫して手作りで作っており、添加物も使用していません。

また、そのカステラの底面には、角がないザラメ糖がへばりついており、このザラメが独特の食感を与えています。

関東・東京では、カステラといえば文明堂のほうが有名なようですが、カステラのルーツである長崎では福砂屋のカステラが定番となっています。

特に、五三焼カステラは、砂糖、ザラメ糖、卵は多く配合され、逆に小麦粉は少なくしています。

また、熟練職人が高度なテクニックを使って作っており、そのため、予約が必要になっています。

近年、カステラも時代に合わせているのか、スタイリッシュなデザインの「フクサヤ キューブ」と言う小ぶりの食べやすい角型のカステラも販売しています。

福砂屋のカステラ

五十二萬石 如水庵 (筑紫もち)

明治の頃に創業した博多区博多駅前に本店がある株式会社如水庵の和菓子店です。

現在は、25店舗を展開しています。

元々は、神社仏閣の御供物調進所として代々商売をしてきましたが、明治の頃、屋号を「森栄松堂」としました。

食材のこだわりとして、卵は、無精卵ではなくて有精卵を使用しています。甘い風味とコクが無精卵とは異なるそうです。

塩は、伊豆大島の天然塩田の塩「海の精」を使用し、50種類以上のミネラルの美味しさがあります。

小豆は、北海道十勝産の、有機肥料を使った減農薬、減化学肥料のエリモ小豆とアカネ大納言を用いています。

水は、マイナスイオンにあふれた水と高知室戸の海洋深層水を使用しています。

看板商品は、筑紫もちです。

社長が、子供の頃におばあちゃんから作ってもらっていたきなこ餅を思い出して作ったものだそうです。

親指ほどの大きさの餅に、黄な粉をまぶした餅の菓子で、黒蜜をかけていただきます。

パッケージは、博多絞りテイストの小さな風呂敷をイメージたものです。

和菓子としては、稀なケースですが、モンドセレクションの国際優秀品質賞を獲得しています。

なお、山梨県にある桔梗信玄餅に大変良く似ていることから話題になったこともあります。

最近では、新作の「博多よかいも とっとーと」に力を入れています。

金色の包装に包まれているお芋のお菓子です。

如水庵の筑紫もち

千鳥屋本家 (千鳥饅頭・チロリアン)

創業が、天正18年、1590年の福岡県飯塚市にある株式会社千鳥屋本家の販売店です。

同社の公式サイトでは、会社概要では株式会社千鳥屋本家、あいさつでは有限会社千鳥屋本家としています。

会社概要には、株式会社千鳥屋本家のグループ企業として、株式会社チロリアンと有限会社千鳥屋本家と記載してありますので、株式会社も有限会社もどちらも存在しているようです。

天正18年に、佐賀の鍋島の殿様の家臣であった創業者の原田家が、武家の内職として酒饅頭などの菓子を作って生計を立てていたそうです。

その後原田家は、「松月堂」の屋号で本格的に丸ボーロ、カステラを中心としたお菓子屋始めました。

1927年に、現在の飯塚市に「松月堂」の飯塚支店として「千鳥屋」を開店し、千鳥饅頭、丸ボーロ、カステラを専門に製造販売しはじめました。

1949年には、福岡市の繁華街の天神・新天町商店街に福岡支店として出店しました。

1964年にはチロリアンを開発発売しました。

看板商品の千鳥饅頭は、南蛮菓子である丸ボーロに白あんを入れたものであり、千鳥饅頭の名前のいわれは太宰府天満宮に祀られている菅原道真公の「水鏡せると伝ふる天神の みあしのあとに千鳥群れ飛ぶ」と言う故事にあると言われています。

千鳥饅頭のトップには千鳥の焼印があります。

「チロリアン」は、オーストリアのチロル地方に昔からあったロールクッキーもとにしたお菓子です。

昔、昭和の時代には、天神の新天町近くに「エルベ」というケーキ屋さんがあり、これが千鳥屋のスイーツショップであったと記憶しています。

なかなか美味しい本格的な生クリームケーキが2階の喫茶店で食べられ、よく通っていたものです。

千鳥屋の和菓子・スイーツ

ボンサンク (スイーツ)

明治38年創業の博多区須崎町にある株式会社石村萬盛堂のスイーツブランドです。

ボンサンクのショップは、福岡地区に3店舗、北九州地区に3店舗、熊本に1店舗そして鹿児島に1店舗と計8店舗あります。

素材にこだわって作っているそうです。

商品のヴィンテージ アンジュは、新しく生まれ変わりました。

アンジュとは天使の意味です。

アンジュのフロマージュは、チョコレートクリームをチョコレート生地で包んで焼いています。ラム酒の香りがするチョコレートケーキです。

フロマージュは、クリームチーズを使用しています。香りづけのレモンの風味がほんのりします。

キャラメルは、キャラメルクリームをアーモンドプードルたっぷりのキャラメル生地のケーキです。

ショコラボアは、ボンサンクのロングセラー商品です。「チョコレートの小箱」の意味があり、ハイクオリティなアプリコットジャムを挟んだチョコスポンジに甘さを抑えたリッチなチョコレートをかけています。

シャン デ レザンは、六花亭のマルセイバターサンドや小川軒のレーズンウィッチのようなものです。

レーズンを炊いた後にラム酒に漬けたものをクリームに混ぜ込んで、クッキーでサンドしたものです。

欧集花は、ボンサンクの人気菓子であるフィナンシェ、深味栗のガトー、まんまるリンゴパイなどを詰め合わせたものです。

ボンサンクのスイーツ

不二家 博多駅ビル店 (洋菓子)

創業が明治43年、1910年の 東京都文京区大塚にある株式会社不二家のショップです。

創業者が、横浜の元町で洋菓子店不二家を開きました。

1922年には、日本初のショートケーキを開始したとされていますが、これは原宿コロンバンも同様の主張をしています。

おなじみのペコちゃん人形は、昭和25年の1950年に登場しました。

1951年には、大看板商品のミルキーも販売開始をしました。

2007年の消費期限切れの材料を使用していたという問題から、経営が悪化して、私も知りませんでしたが、今では山崎製パンの子会社となっています。

社名の不二家は、創業家である藤井家の藤、富士山そして二つとない存在に(不二)の意味から名付けられたそうです。

イメージマスコットは、ペコちゃんとポコちゃんですが、立体商標としても登録されています。

代表的な商品は、「ペコちゃんのほっぺ」ですが、ふわふわのスポンジに苺ミルク、カスタード、チョコレートなどのクリームが入っています。

また、ショップ内のオーブンで焼いている新商品のコルネットもあります。

その他、不二家自慢の生クリームの洋菓子も取り揃えています。

不二家のスイーツ・お菓子

パティスリーミュール (100円ケーキ)

設立が2002年の熊本市にある株式会社ウィズコスモスコンテンツのショップです。

パティスリーミュール以外にも、菜園ブッフェのピソリーノ、和diningの七夜月、Italian cafe diningのDONO DONOなどのブランドがあります。

パティスリーミュールは、手作り100円ケーキの製造と販売をしています。

工房でパティシエがケーキを作っている様子が見えるので、安心安全だそうです。

低価格のぷちサイズのケーキですので、バラエティ豊かなケーキを楽しむことができます。

定番は、イチゴのショートケーキ、モンブランそして現在話題になっている塩シュークリームなどです。

種類は16~21種類ほどですが、シーズンによって変わります。

使っている生クリームは、無菌ラインを通して日本国内で作られています。

また、ケーキを包む包装にしても、安心してケーキを食べることができるように国産の上質紙を用いています。

店内には、イートインできるスペースもありますので、すぐ食べることもできます。

さかえ屋 (なんばん往来)

創業が1949年の福岡県飯塚市にある株式会社さかえ屋の店です。

飯塚市で菓子小売ではじめました。

1957年には、工場を新設し「すくのかめ」の製造をはじめました。

1984年には、なんばん往来を発売しました。

さかえ屋店舗91店、さかえ屋系列専門店27店舗、計118店舗を展開しています。

さかえ屋以外のブランドは、「セルジュ・アレクサンドル」、「遠賀屋」、職長の店「百の代」(和菓子)、「ブランデス」「森ん子」(パン) などがあります。

代表的な商品は、九州由来菓子の「なんばん往来」です。

シュガーロードのはるかなロマンを奏でるお菓子で、優しい異国の風がヨーロッパの香りを伝えるそうです。

生地には、100%のアーモンド粉とフレッシュバターを使用し、512層にも折りたたまれたパイ生地となっています。

種類は、定番人気のラズベリー、春夏限定のブルーベリー、秋冬限定のマロンの3つがあります。

テレビ番組の「シルシルミシルサンデー」で全日本優れたお菓子GPで優勝しました。

なお、以前看板商品として、製菓部門責任者の石田氏の名前を付けた「石田プリン」を販売していましたが、この方が独立していったため、石田プリンはなくなってしまいました。

現在では、「大塚ブランド ごちそうぷりん」を発売しました。

さかえ屋のスイーツ

ガトー風月 (ロールケーキ)

設立が1949年の福岡市南区野間にある風月フーズ株式会社のショップです。

天神の西鉄街で喫茶店をオープンしたのがスタートです。

1951年には、レストランを開きました。

1965年には、博多銘菓「雪うさぎ」を発売しました。

その後も、福岡を中心にピザ店や、ステーキハウス、レストラン、洋菓子店、アイスクリーム店、パンのバンテルンなどを展開して来ました。

ガトー風月ブランドでは、福岡空港、天神ターミナル、マイング、姪浜などに店舗があります。

商品には、福岡産の苺のあまおうを使っている「福岡産いちごロール」、熊本産の栗とマロンクリームの「熊本産和栗ロール」、広島県と愛媛産の瀬戸内レモンとレアチーズの「瀬戸内産レモンロール」、ルビーグレープフルーツの「ピンクグレープフルーツロール」、福岡県朝倉の牛乳の「まきばのチーズ」「とろけるショコラ」などがあります。

なお、北海道産のクリームチーズとレアチーズのチーズケーキの「ダブルフロマージュ」はガトー風月のブランドではマイング店だけで販売しています。

風月フーズの雪うさぎ

エクラ (スイーツ)

エクラとは、博多ecuraと言って「くすっ。」を笑みを生み出すお菓子だそうです。

マイングのサイトによると、「博多ピエスドール」と言うお菓子があり、「ふんわり焼いたほのかに甘い生地にオリジナルチーズクリームがたっぷり詰まった金貨の形をしたお菓子」だそうです。

「お菓子が運んでくる幸運と笑みを届けたいという気持ちを込めました。」だそうです。

「博多クポラ」は、 「大きくて丸い形をした「クポラ」はスフレタイプのチーズケーキ。フランス生まれのチーズと地元福岡の卵をたっぷり使用し、素材の味を活かしたシンプルな味に仕上げました。」とのこと。

大原老舗 (松露饅頭)

創業が嘉永3年、1850年のの佐賀県唐津市にある大原老舗のお店です。

時代はさかのぼりますが、文禄の役で豊臣秀吉が佐賀から朝鮮出兵した時に、朝鮮・高麗から陶器と一緒に渡来してきた文化の中に焼き饅頭があったとのことです。

江戸後期に、大原老舗の先祖がこの焼き饅頭に工夫を行い、藩主の小笠原公に献上したら、唐津近くの虹の松原に4月~5月ころに松の根本に生えるキノコの一種、松露に似ているところから「松露饅頭」と名付けられたそうです。

松露饅頭は、銅板でひとつひとつ職人の手によって焼き上げられています。

アッサリとした味のコシアンを薄いカステラの生地で包まれています。

その他の大原老舗の和菓子には、太閤松があります。

また、松露饅頭には生地にカステラを使用していることから、カステラも販売しています。

種類は、普通のカステラと抹茶カステラがあります。

大原老舗の松露饅頭